フラダンスの歴史

フラダンスはかなり古い歴史を持っています。ハワイに古くから伝わる神話の中にもフラダンスに関することがたくさん書かれているんですよ。歴史が長いぶんだけ、奥が深いともいえるかもしれませんね。今では、ハワイといえばフラダンスを思い浮かべることが多いですが、長い歴史の中では禁止されていた時期もあったというから驚きです。

ハワイとフラダンス

さっそく、フラダンスの歴史について紹介しましょう。ハワイ人々の考え方などからフラダンスの歴史を知ることができます。

フラダンスのはじまり

【フラダンスって?】のページでも触れているように、ハワイの民族舞踊として知られています。フラダンスの歴史はハワイの歴史ともいえるでしょう。ハワイは太平洋の中部から東部にあるいくつもの島から成り立っているポリネシアに含まれています。

その昔、ポリネシアには文字というものがありませんでした。それがフラダンス誕生の歴史のはじまりとなるのです。人々は大切なことを全部祈りに込めて伝えていました。これは人々はみんな、すべてのものに精霊が宿ると信じていて、神様や自然への感謝の気持ちと祈りをとても大切にしていたためだと考えられます。フラダンスの発祥の地については、ハワイやタヒチなどいくつかの説があり、絶対にココ!というはっきりしたことはわかっていません。

フラダンスが踊れなかった時期

そんな「神聖なる踊り」として人々に親しまれていたフラダンスを踊れなくなった時期というのがあります。それは19世紀のこと…ハワイに西欧文化が押し寄せてきたことがキッカケとなりました。

イギリスのキャプテン・クックがハワイ諸島を発見した1778年から42年後の1820年、今度はアメリカから宣教師たちがやってきました。彼らは先住民たちの踊りをよくないものとし、否定したのです。男性はマロというふんどし、女性は腰ミノをつけて上半身は何も身につけていないというフラダンスの衣装はとても変なふうにおもわれたのでしょうね。以来約50年ものあいだ、フラダンスが踊られることはありませんでした。

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カラカウアって誰?

ずっと踊れずにいたフラダンスが再び復活したのは1874年のことでした。カラカウア王(1836〜1891)が王位に就いたとき、祝いの踊りとしてフラダンスを踊らせたのです。衣装こそ、男性はズボンで女性はブラウスにパウスカートという、以前とはちがうものでしたが、それでもこの式の日は記念すべき一日となりました。

カラカウア王が王位に就いていたのは17年間でフラダンスを復活させたことはとても重要な功績の一つに挙げられるでしょう。そこにはハワイの人が失ってしまった誇りを取り戻したカラカウア王の思いやりが秘められていたのではないでしょうか。そんな優しい王様に人々は感謝の意を表して、メリー・モナーク(陽気な王様)と呼んでいたんですよ。また、華やかな生活ぶりからこのあだ名がついたともいわれています。

日本でのフラダンス

フラダンスをテーマにした映画が大ヒットするなど、日本でもここ数年、フラダンスが大人気となっています。全国に約300ヶ所以上ものフラダンススクールがあるんですよ。それぞれのスクールが主催の発表会や数々の競技会も開かれています。

数ある競技会のなかで一番大規模なものがキング・カメハメハ・フラ・コンペティション・イン・ジャパンですね!このキング・カメハメハ・フラ・コンペティションは世界的に有名で、日本大会は毎年駒沢オリンピック公園体育館で開催されています。また、最近はフラダンスを習う男性も急増中です!男性クラスを設けているフラダンス教室も結構見かけます。このように今とても注目されているフラダンス。これがキッカケでハワイに興味をもった人も多いようですね。ハワイと日本は歴史的にも深い関係があるので、これからもっとフラダンスが両国の友好に役立つことでしょう。

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